憧れの地アメリカで念願の海外セミナー開催

Report 9

「私はドリームマップで
夢をかなえてきました!」

池崎 晴美(いけざき はるみ)さん
有限会社フロム・サーティー 代表取締役
話し方講師・フリーアナウンサー

池崎 晴美(いけざき はるみ)さん 代表取締役/話し方講師・フリーアナウンサー

2013年に3つの大きな夢がかなったという池崎さん、まずはおめでとうございます!
次々と夢を引き寄せる“池崎流 夢のかなえ方”について今日はたっぷりお伺いしたいと思います。

池崎晴美さん

ありがとうございます。ドリームマップに描いた夢が実現するのはこれまでにも何度もありましたが、2013年は本当に立て続けに、それも長年の夢がかないました!

20歳の頃からずっと憧れていた「将来アメリカで仕事がしたい!」という夢が、2つの形で実現したのです。ひとつは、渡米しロサンゼルスで講演会とプチセミナーを成功させました!また、それがきっかけとなり、現地のラジオ局で日本人向けの番組を持つことにも繋がりました。「ラジオのDJ」というのは、小学生の頃の夢でもありましたので、ダブルでかなってなおさら感慨深かったですね。

もうひとつは、3度目のトライで100kmマラソンを完走できたことです。

どの夢もスケールが大きくてとてもワクワクしますが、まずは小学生の頃の夢からお聞かせください。

私の「ラジオのDJ」という夢は、祖母の一言がきっかけでした。

ある日、祖母がテレビを見ながら「うちの孫の1人や2人くらい、テレビやラジオで活躍しないかなぁ?」と言ったのです。小学6年生の頃だったと思いますが、その一言で「それなら、私がなろう!」と思いました。卒業文集にも自分の夢として綴っています。

その頃の私は、引っ込み思案ですごく人見知り。当時の写真を見ても意志のない、ぼんやりした表情をしていました。話すことが苦手」というコンプレックスもありました。

でも、「夢はかなうもの」と子ども心に信じていたのです。それは、街の電気屋さんを営む父が「自分は子どもの頃メカ好きの少年でテレビやラジオを組み立てたくて電気屋さんになった」と、常日頃から語ってくれていたからでした。

素敵なお父様ですね。その後も「ラジオのDJ」という夢は、ずっと変わらなかったのですか?

はい。高校卒業後にアナウンススクールに通い始めました。アナウンススクールでは、アナウンス、朗読、パントマイム……なにをやっても下手で、いつも先生に怒られてばかりでした。

それでも、何度も練習を続けるうちに、見ちがえるほどハキハキとした声に変わり、表情も豊かになり、自分でも驚くほど、人前でイキイキと話すことができるようになりました。

タレント事務所に所属してからは、オーディションをたくさん受けて、たくさん落ちました。それでも、めげずに猛練習と笑顔のトレーニングをやり続けていたら、オーディションにも次第に受かるようになりました。

そして20歳で「ラジオのDJになる夢もかない、旅番組のレポーターを務めることに。2013年は、その時以来の久しぶりのラジオのお仕事です。ロスの番組以外にも、国内で4月からコミュニティFMの番組を持つことになって、夢が再びかなった!と思いました。

先程、もうひとつの「将来アメリカで仕事がしたい!」というのは、20歳の頃からの夢とおっしゃっていました。「ラジオのDJ」という夢をかなえたころ、また新たな次の夢を描いていたのですね。

ええ。海外で働く女性のCMを見て「私もアメリカで働きたい!」と思いました。でも英語もあまり話せない私が、どういう形でそうなれるのかは全く分かりませんでした。

結婚を機に家庭との両立を考え、フリーの司会に転向しました。平日は子育て、土日は結婚披露宴やパーティーの司会という日々でした。29歳のときに司会派遣会社「有限会社フロム・サーティを設立。社名は、「女性が30歳から、子育てをしながら社会のなかで輝くことができるように」という願いを込めてつけました。

ドリームマップやコーチングと出会ったのは、会社設立から10年が経った頃のことでした。あんなに憧れていたアメリカへの思いも、仕事と子育てに追われるなか、いつしか忘れかけていました。それをドリームマップを作ったお陰で思い出したのです!「そうだ、私ってアメリカで働きたい!と言っていたっけ……。」

それからは、ドリームマップを会社の机の前や自宅のリビングに貼って毎日眺め、すぐにアメリカを思い出せるようお財布に1ドル札を入れておくようにしました。 これは効果抜群でした!

ドリームマップに描いてかなった夢には、他にどんなものがありますか?

池崎晴美さん

2009年の自分を描いたドリームマップは、今でも「写真を撮らせてください!」と人から言われるくらい、たくさんの夢が実現しています。「本の出版」、「雑誌取材を受ける」は2008年に実現、「大きな窓・真っ白な壁の新オフィスに移転」もピッタリ2009年にかないました。“話し方”と“コーチング”をミックスした独自メソッド「ハッピートーク®」を体系化したのも同じ年です。

これが本当に大きなタイーニングポイントになりました。アメリカ講演ができたのも、この自分ブランドがあったからこそですし、「ハッピートーク」を続けていて、周りの人々が応援してくれたお陰です。

「ハッピートーク」とは、どういったメソッドなのでしょうか?

例えば、私は“言葉の引き出し理論”と呼んでいるのですが、プラスの言葉を意識して使うようにする、すぐ取り出せるように意識の引き出しの上の方に入れてある、というイメージをすると口癖が変わります。

口癖が変わって普段から良い言葉を使うようになると、周りに応援者が増えます。その結果、夢が叶ったり良いことが起こったりするようになるよ!というのが「ハッピートーク」なんです。

もともとは、私が毎日朝晩10分、自分が元気になれる本・ハッピーな気持ちになれる本を読む習慣にしていたら、1年後に性格が明るくなった!という実体験に基づくものです。それが脳の仕組みやコーチング理論に照らし合わせた時に、ちゃんと根拠があることに気付いて、もっと多くの人に伝えて、実践してほしいと思いました。

ドリームマップを描くときやドリマ先生としてファシリテーションするときも、このプラスの言葉がけをとても大切にしています。

夢実現の秘訣は、意識してプラスの言葉を使うこと、そして応援者を得ることなのですね。それでは、夢をかなえ続けている池崎さんの今後の夢も教えていただけますか?

私の夢は、言葉を通して世の中を幸せにすること、100年後も「ハッピートーク」が続いていくようにすることです!100年後は、もちろん私は生きていないので(笑)……そのために次の世代に「ハッピートーク」を伝えてくれるトレーナーの育成に力を注いていきたいです。

最後にドリームマップに興味を持たれた皆さんへ一言メッセージをお願いします。

池崎晴美さん

夢は強く願い続け、行動すれば必ずかないます!私がやっていたことは、どれも難しいことや特殊な才能を必要とすることではありません。脳に目標と実現したイメージを栄養のように与え続けただけです。

「私なら出来る~!」と信じて、ドリームマップに思いっきりハッピーな夢を描いてください。ドリマで一緒に夢をかなえましょう!

池崎さん、ありがとうございました。